Thursday, October 16, 2008

Do Make Say Think and See My Waterloo Sunset

元来内向的な人間であったように思う。
でもこれは別にネガティブな少年時代を送ったという意味ではない。むしろその逆、健康健全、明朗快活、心は充分に裕福な少年時代を送ってた。内向的だというのは、子供時代は何かと打ち込む物事を抱えこむ質だったということで、現在までも、それはそれは幅広くサッカー、読書、旅、音楽、といつの時も何かに執着してたということ。チームスポーツであるサッカーに内向的とは矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、サッカーといっても別にチームワークとかじゃなく、スパイクなどの備品でもなく、ましてや優勝をかけた大会などでもなく、ただ単純にサッカーというスポーツをすること、観ること、考えることが好きだった。今となればチームの実践練習よりも基礎練習が好きだったのもそのせいかと思う。

しかし僕もいつの頃だか海の向こうにある巨大な消費大国へ出向き、暮らし、やがて世界の中心と呼ばれる地で消費のプリンスと化した。これは外向的になったと言うべきか。何かに打ち込む前にまず物をこしらえる。その消費が目前に降りてきてはいつだって本質を隠していたようにも思える。そこで学ぶ事も多々あった。もちろん消費の快楽は今でも色褪せない。でも人間は環境に左右されるもの。いや、ヒトは環境に左右されるどころか形成される生き物だって信じてる。そして僕はもうその大国の消費大都市にはいない。消費のプリンスが活躍できる場にはもう立っていないのだ。

中部大学の武田邦彦教授は、

(フランスの)「小学校の教科書や試験問題を見ると、「よい子」になる教育ではなく、「人間としての独立、尊厳」を育てる教育のように思う。彼らは独立している。そして自分の人生は何をするのか見えている。だから、「物」にはあまり依存しなくても良いのだ。 物を節約してもまったく不満は生じない。
 それに対して日本人は「個」が独立していない。大人になっても、人により添い、寄っかかっているところがある。そして「物」にも頼っている。そしてもっとも大切な「人生の意味」は中途半端にしか体得していない。だから、日本人には「物」がいる。心が成熟し確立していれば、自然と物には頼らずに節約する。節約しても本人は特にそれを意識している訳ではない」

という。
正直、羨ましいと思う。良い子教育の洗練を受けた自分には眩しいくらい。

『私は「リサイクル」、「節約」、そして「3R」などはすべて嫌いだ。それはあまりにも「物」だけに注目し、そして「みんなで監視して守ろう」としているので、まるで日本国民全員が幼児のように感じられるからだ。
 フランスはパリを大切にし、誇りにしている。それは「パリこそが世界でもっとも文化の香りの高いところだから、必ずみんながパリにあこがれるはずだ」という確信があるからだ。
 実は私もパリに行くとその香りに酔ってしまう。ヨーロッパ嫌いの私でも心の充実を感じることは心地よい。パリはその精神性の高さから芸術家、数学者、ショパン、キュリー夫人、ガロアなどを引きつけ、そして今でも「花のパリ」である。
 日本にもかつて、文化の香りがする町があった。西田幾多郎、室生犀星、泉鏡花を出し、旧制第四高等学校が城跡にあった金沢などもその一つだった』

と教授は続ける。
では今自分を取り巻く環境は何か、今一度見直してみる。

親、友達、犬、家、、、あげればキリがない、音、時間、空気、木、緑、庭。。。庭!そう、「庭」と書く一文字の秘宝に扮した財産に何故今までこんなにも無関心でいられたのだろうか。淀んだ郊外の空気にも負けず、街の片隅でひっそりと緑の根が貼られた酸素溢れるその空間を前にしてどうしてこれ以上無関心でいられようか。



通い続けたカフェもこの通り緑に飾られ呼吸してた。
兼六園の緑は21世紀美術館を彩り、大いに気分が良かったことも脳裏によぎる。アメリカの州立公園でもそれは顕著だ。
もちろん州立公園や三大庭園とは費用の懸けようが違うがそこはフランス流、世界は意識で変わる。で、とりあえずガーデニングを始めました、というお話。This is a love supreme. What I have is always supreme, and yours too. Think more about it.

Thursday, October 9, 2008

Think Glocal, Act Glocal, Fuck Non-Glocal

国内一地味だと思っていた地元茨城県を越え、「最も影が薄い県(地域ブランド知覚指数ランキング最下位)」と言われている栃木県。そして県内でも更に最も存在感が無い地域の一つであるという栃木市に先日行ってきた。

訪れた街は著しく見られるシャッター街、潰れた商店街、すっかり活力も失われているようなこの街。自由市場経済の確かなる被害状況が生々しかった。

さて、今回訪れた理由は、とある経由で出向いた「栃木•蔵の街プロジェクト」。映画祭やアート、農業などのテーマに基づいた、いわば一大町起こし。



映画際には欧州各国大使館などが協賛し、栃木名物の蔵での映画上映が先週末中行われていた。
アートプロジェクトでは、関東の美術大学(多摩美術大学、武蔵野美術大学、東京藝術大学、東京工芸大学ほか)の生徒達による、蔵をギャラリーとして利用した展示会。
そして「元気ジャパン農園」と評される、自給率アップを目指した週末農民プロジェクト。
参加したのはアートプロジェクトのみだったけれど、さすが美大生。とても楽しめました。
個人的に、アートには造詣が薄いためあまりコメントなどはしたくないのだけれど、それにしてもあの街おこしプロジェクトには何か羨ましい、単純に居合わせただけでも満足できる、そんな素晴らしい空気がありました。

で、なんと言ってもあの街。
モロに観光地化され芽生えた商業性が著しく目立つ京都や岡山県倉敷市とは異なり、これでもか!という程のオールドスクール感。もうスケールが違う。
あまりの幻想的店構えについ誘われた「喫茶ロマンチカ」では、かなり美味なブルーマウンテンが400円台。今時分、ブルーマウンテンやキリマンジャロといった珈琲を喫茶店で飲むには600円はかかるという意識があったので、もうそれだけで満悦。地価と原料費を理解している抜群のコストパフォーマンス。そして目の前に建っていた「美容室 ウシク」。あまりの身内ネタのため、これ以上は掘り下げれないと自負しながらも、やはりどうしても書かずにはいられない衝撃的な出会いだった。

話は戻って...
国内食料自給率40%といわれるこの国に生きる者として、やっぱり「週末農民プロジェクト」に参加したい感はあった。
株じゃなく原油でもない、自給自足が基本のホモサピエンスは何処へ行ったてしまったのか。ホモサピエンスは「知恵のある人」という意味を持つという。古人類学では、「人間」とは社会性/人格を中心に置く。ならば現在一番必要なのは何だろう。目先の安定なんだろうか。社会に属さずには生きれないのに人間はいつだって、個人主義に陥りワケも理解らず混沌を生み出してきた。知恵をもつ人は、そこから学習するのが常ではないんだろうか。



人間が群居性の動物であるというなら、今一番大切なのは高次な欲求が織り成す経済の微粒子とかじゃないんじゃないかな。
「地球温暖化ではなく、地球高温化ではないか」とは作家、倉本聰の言葉。なるほど、言葉の持つ意味は大きい。行動にさえ左右するもんだ。
こんなことを、サントリーモルツを秋の肴にアル•ゴア著の「An Inconvenient truth(不都合な真実)」を読みながら思った。

Wednesday, October 8, 2008

ILL BEATNIK




「路上」に出会ったのは確か中学3年生の時だった。

「世の中つまんねぇ!どいつもこいつもクソばっかりだ」と、いつも通り学校をサボりながら「何か面白い本ないかな〜」、と近所の書店でひとりぷらぷらと純粋無垢に文庫本コーナーを徘徊していた時にたまたま手にしたのがきっかけだったのがJ•ケルアック著の「路上」。パンクとかグランジとかを初めて聴いた時に、ワケもわからずにただひたすらでっかい衝動を糧に、タバコとお酒を買っては不良の真似事を繰り返していたあの頃と同じ要領で、ギンズバーグとかバロウズを読みあさっていたことを覚えている。
うん、確か、「俺はアメリカにいくぜ」と密かに若さ溢れる決意を胸にしたのもその頃だった。

しかし、パンクとの出会い以降は「路上」や「吠える」などの所謂ビートニク関連以外の全ての書物を捨て去り、まるでロンドンのゲトーにでも暮らしているかのようなパンク模倣犯になってからは、「パンクは本も読まないし勉強もしねーんだ」などとほざいては、しばらく文学とは決別していたあの青春時代。捨てはしなかったものの、ケルアックもギンズバーグも全く読まなくなっていた。

しかしやがて月日も経ち自由と無軌道の区別を覚える年頃になると、「パンクは変化であり、姿勢である」という故ジョーストラマーの名言を腰脇にしっかりと携え、異ジャンル音楽への理解を示していくと同時に、文学に戻り不時着したあの頃。消去法という手段ではあったけれど、偶然だったのか必然的であったのかは知れずとも、大学でライティングを専攻すると途端に、怒濤の文学騒ぎが勃発し、やがて英語圏に住み着く20歳そこらの僕は、その頃から久しぶりにビートニクという憧れの世界へ舞い戻ったわけだけれども、そこで在米中に奇跡の詩と出会った、というのが、そしてその出会いから今日までの路上が今日の本題。初めて読んだのは英語訳だったけれど、原文が日本語だったというのも印象深かった。

「へのへのもへの」

無駄口たたくひまあれば
本読みな

本読む暇あれば
歩け 山を海をさばくを

歩くひまあれば
歌え 踊れ

踊るひまあれば
黙って座れ

おめでたい
へのへのもへの
読者諸君

〜ナナオサカキ「犬もあるけば」より〜





今度の帰国にあたり、颯爽と書店に向かい手に入れたのがこのナナオサカキ著の「犬も歩けば」だった。彼の詩集は、それはそれは今年起こった幾度に渡る放浪のきっかけとなり、青春18切符とこの一冊で数時間は過ごせた大作。やっぱり読書は原文が一番だ、という事を思い知る事も出来た超大作。

ゲーリースナイダーはかつて

「ナナオは、日本から現れた最初の真にコスモポリタンな詩人の一人である」

と評した。

アレンギンズバーグはかつて

 たくさんの渓流に洗われた頭
 四つの大陸を歩いてきたきれいな足
 鹿児島の空のように曇りなき目 …
 ナナオの両手は頼りになる 星のように鋭いペンと斧

と唄った。
そしてギンズバーグも愛用していた、最近日本にも上陸し街でもちょくちょく見かける眼鏡ブランド「MOSCOT」を継承しつつ、先日佐田真由美と結婚したばかりのTripster/Sputnik代表 野村訓一氏が、同著の帯を手がけていたのにもびっくりした。
では以下抜粋。

「犬も歩けば自分にあたる。
歩き、見、感じ、自分の声に耳を澄まし、
遥かビートに時代から詩を、
国を越えて唄う詩人の声。
カウンターカルチャーから全てのカルチャーへ。」




なるほどね。

ほら、みんなもっと旅に出ようぜ。

Saturday, October 4, 2008

SUBTERRANEAN HOME SICK BLUES

 先日、諸事情にて急遽訪れた名古屋市内の珈琲屋でくつろいでいると突然、「蒋介石!!!」と一喝しながらホームレス風の男が入って来た。店内を見渡せば空席だらけのその喫茶店で、40代半ばくらいのその禿げかけたポニーテール男は何故か僕の隣の席を選んだ。
 腰を下ろしマルボロメンソールに火をつけると途端にこちらを向き「俺は足軽出身なんだ、名古屋じゃねぇ...まぁ、独り言だけどな」と啖呵を切った。アイスコーヒー片手にタウンワークを眺めては、こちらに色々と語りかけてくる。豊臣秀吉について、銃について、東京の女について、やくざについて、それはもう様々、異種混同のラブパレード。そしてそれら一つ一つの話題が切れる度には必ず「...独り言だけどな」と言い残し、からっからに乾いた口の片端をゆっくりとつり上げる。 
 不思議だった。雨上がりで湿度の高い9月下旬のそんな昼間に大体何故彼はトレンチコート姿なのだろうか。気になって思いつくままに質問してみると、何故だか見事に無視された。まったく上の空、といった表情だ。かと思えば突如振り向き「俺は共産党を応援してるんだ」とか「ここらは最近警察がうようよしてやがる」とか言い出す。そしてお決まりのの「...独り言だけどな」と言い足しニヤリと笑う。
 そこである事に気が付く。彼の両手には共に小指が無い。独り言をつぶやき、小指の無い手を器用に操りながらタウンワークを眺める彼を見ていたら、なんだか切なさのようなものが生まれてきて、ただぼんやりと隣席を眺めていると今度はまた突然、「シンガポールの女は下品だぜ」とか言い出す。「なんで?」と聞き返せば「俺の性に合うからだよ」とか逆説めいた迷答が帰ってくる。その意味を飲み込めず考えていると、彼は腰をあげ「家があんだよ、じゃあな兄ちゃん、災害には気をつけろよ」と勝手に言い残し去って行った。家?HOME?

"Poor Boys Long Way From Home" - John Fahey


 家-ホーム-という響きに引き摺られて、John Faheyを聴いた。ここ数ヶ月、まるで瘋癲のような生活をしていたからか最近になって「家」という語感が何かを執拗に問いかけてくる。

 十数年前にアメリカという幻想に犯されたガキが、やがて身長も電車内で一番くらいになるくらい充分に育つとやがて憧れに向かって飛ぶ時を迎え、それなのにいざ念願の旅立ち直前になれば、そんな時に限って地元を初めて「家のようだ」とサウダージを感じてしまい、されど仲間を背にも旅立つしか道は無く、やがて気付けばあの壮大なウィスコンシンが時間と仲間とともにだんだん「家」のような深みを持ち始め、ニューヨークへ越せば今度は色々な意味での「家」を持ち、そして気付けば米国経済後退とともに昔の我が家へ戻ってきてしまった今日。
 そんな我が家にいると、階下から聞こえてくる懐かしい食卓の音が夕闇とともに現れる鈴虫の鳴き声で情緒豊かにリミックスされ、素敵な家族の風景が見えてきてやっぱりここに確かな愛着を感じる。でも一方で、日本における過剰なまでのニューヨーク崇拝をメディアを通じてひしひしと痛感し、そして「かつての栄光」とも勘違いできてしまうそれを今となっては回想する事しかできない物質的な何をも持たない24歳の自分には、かつて忌み嫌い放っぽっておいた現実とかが邪魔してきて、そんなの一蹴りしてしまえばいいのに何故かしない、出来ない自分は2、3年前の情景を思い出しながら何故だかすぐふらっと放浪に出てしまう昨日今日。
 そしたら今度は、その旅先々で色々なことを見て聞いて感じては感化され、悦や鬱に浸ってはそろそろ真面目に人生を考えたりする。そういう時の心情に見え隠れするキーワードが「郷愁」という意味を含んだ「家」という定義、問いかけだったりする。そして失礼極まりないくらい曖昧な表現をこそっと拝借するならば、それはサウダージではなくノスタルジーという語感が含する郷愁感覚。そんな語感に対する自分の脆さ、脆いからこそ儚く見える情景。そこには何故だかいつもアメリカの情景があって、その時の頭の中を上映してみるとこのJohn Fahey、とくに「Poor Boys Long Way From Homeが流れ出してきて色々と懐かしんでしまうものだから、だったら涙とか出てきちゃう前に「もう家へ帰ろう」と名古屋を後にしたのでありました。

Re: 更新Say

更新Sitarよ

Thursday, September 25, 2008

Sunday Morning Mix


帰国初日に愛用のPower Book G4のEnterキーを愛犬に食べられてから久しい。
未だ不在のEnterを他所にアップルネタを一つ。

今日偶然気付いてアップデートしたiTunes。
このiTunes 8のデザインが素晴らしかったのもそうだけど、以外と便利そうで楽しみなのが新機能の「Genius」。

「パーフェクトなプレイリストを作ってくれるGeniusの登場です。曲を聴きながらGeniusボタンをクリックすると、ライブラリにある相性のいい曲を集めたプレイリストをGeniusがその場で作ってくれます。」ーアップル

今までのShuffle機能のむず痒い所を解消した以外と便利かもしれない機能。ぶっ飛んだミックスは期待出来ずとも、家で音楽をただかけていたいような気分にはピッタリかもしれない。

ではどんな感じか。
試しにヴェルヴェットアンダーグラウンドの「サンデーモーニング」で試してみると、

Nico→Joy Division→Beirut→My Bloody Valentine→Sonic Youth→Television→Talking Heads

となる。
ではウータンクランの「Bring Da Ruckus」で始めると

Madvillain→Lupe Fiasco→The Cool Kids→Pete Rock→Handsome Boy Modelling School→Dizzy Rascal→Busdriver

だと。
リーモーガンの「The Sidewinder」だと

Thelonious Monk→Charlie Parker→Hank Mobley→Charles Mingus→Jim Hall→Wes Montgomery→Jaco Pastorius

だって。
ならば宇多田ヒカルの「ぼくはくま」で始めると、

安室奈美恵→My Little Lover→Carpenters→髭→曽我部恵一→中村一義→Feist→スピッツ→久石譲→Kreva


クレバかよ、て感じもしたけれど、この機能は良いかも。
シャッフル機能も決して嫌いではなかったけど、膨大な楽曲量が詰まってるパソコンの場合、ミスチル後の灰野敬二とか、サイモンアンドガーファンクル後の卍ラインとか、気分的によろしくない、或は最低 or 迷惑とも言えるミックスが多く控えていたのでこの新機能には感謝。


あと久しぶりの新しいビジュアライザ!これまたテンションが上がった一日の終わりだった。

では、farewell.

Friday, September 12, 2008

Et Son Merveilleux Essai

新聞には出会いがあります。ネット全盛のご時世で書店が懸命にその役割を果たしていると同様に、時には社説から、時には文化面から、新聞には素晴らしい出会いが散りばめられてあります。ニュースを把握するならばネットで充分。それはその通り。けれど新聞には思いも寄らない物事を知るミディアムだということを時に思い知らされる時があります
これはこの夏の旅行で偶然手にした8月のある日付の福井新聞の社説で出会った詩人萩原朔太郎著の随筆。


 「先日大阪の知人が訪ねて来たので、銀座の相当な喫茶店へ案内した。学生のすくない大阪には、本格的の喫茶店がなく、珍らしい土産話と思つたからである。果して知人は珍らしがり、次のやうな感想を述べた。先程から観察して居ると、僅か一杯の紅茶を飲んで、半時間もぼんやり坐つてる人が沢山居る。一体彼等は何を考へてゐるのだらうと。一分間の閑も惜しく、タイムイズマネーで忙がしく市中を馳け廻つてる大阪人が、かうした東京の喫茶店風景を見て、いかにも閑人の寄り集りのやうに思ひ、むしろ不可思議に思ふのは当然である。私もさう言はれて、初めて喫茶店の客が「何を考へて居るのだらう」と考へて見た。おそらく彼等は、何も考へては居ないのだらう。と言つて疲労を休める為に、休息してゐるといふわけでもない。つまり彼等は、綺麗な小娘や善い音楽を背景にして、都会生活の気分や閑散を楽しんでるのだ。これが即ち文化の余裕といふものであり、昔の日本の江戸や、今の仏蘭西の巴里などで、この種の閑人倶楽部が市中の至る所に設備されてるのは、文化が長い伝統によつて、余裕性を多分にもつてる証左である。武林無想庵氏の話によると、この余裕性をもたない都市は、世界で紐育と東京だけださうだが、それでもまだ喫茶店があるだけ、東京の方が大阪よりましかも知れない。ニイチエの説によると、絶えず働くと言ふことは、賤しく俗悪の趣味であり、人に文化的情操のない証左であるが、今の日本のやうな新開国では、絶えず働くことが強要され、到底閑散の気分などは楽しめない。巴里の喫茶店で、街路にマロニエの葉の散るのを眺めながら、一杯の葡萄酒で半日も暮してゐるなんてことは、話に聞くだけでも贅沢至極のことである。昔の江戸時代の日本人は、理髪店で浮世話や将棋をしながら、殆んど丸一日を暮して居た。文化の伝統が古くなるほど、人の心に余裕が生れ、生活がのんびりとして暮しよくなる。それが即ち「太平の世」といふものである。今の日本は、太平の世を去る事あまりに遠い。昔の江戸時代には帰らないでも、せめて巴里かロンドン位の程度にまで、余裕のある閑散の生活環境を作りたい。」ー「喫茶店にて」萩原朔太郎著


昭和50年代には(人口との比率で)喫茶店の多い街ナンバーワンだったと言われる地元福井の新聞らしい自社記事。福井市だけでなく日本全国、その数もめっきりと減少している喫茶店とかつてのゆとり教育を掛けた、日本海の隅っこに位置するかつての喫茶店街から、都市の生き急ぐ現代性に立派に意思提示を発信する秀逸な記事でした。そして、その記事を読みこの随筆を知り得たその時間こそ真に自分にとって余裕のある閑散の生活時間でした。

二年も連続で総理大臣が退くこの現代で、物価だけがひたすら上げられ苦しみながら自国のトップを決める投票権利さえも持てずにただただ生活に追われている僕ら国民は、自民総裁選の街頭演説になんか別に目を向ける必要も無いと思います。
それでも新聞はもっと読んだ方が良い。知識をつけるためだけが目的ではないはずだから、文化的な余裕を過ごすための喫茶店が今ではやっぱり巨大チェーン店なのだとしても、そこで新聞を共にする時間は現代の文化的余裕性につながるはず。

アジア諸国の発展が著しくとも、20年も前にそんな経済成長は終えてしまっている我が日本に必要なのは経済政策の巻き返しだけでなく、少なくとも国民にもっと必要なのは文化的余裕。だからもっと遊べ。芸術に勤しめ。ガソリンが高いなら車くらい放棄しろ。

なんだか最近は無性に腹が立つ。

I hope the coup d'etat would come.

Sunday, September 7, 2008

helllo darling. would you like to hear some stories?

日本に着陸してから一ヶ月くらいが経ってしまいました。
8月の猛暑と湿気に殺られ北陸へ逃げたったのが約一ヶ月程前。その後帰ってきた途端、ぐいぐいと舞い降りて来る眩しすぎる夏の誘惑や地元の湿気まみれな閉鎖感に嫌気がさし、得意の鈍行列車を乗り継ぎ西へ西へと向かって大阪を越え兵庫をまたぎ岡山などへふらふら立ち寄ったり、なぜか京都のジュンク堂に入り浸ったりの二度目の軽旅行。そして思ったことは、「俺はきっとどこにも定住できねぇ」。





さて、旅先では様々な人にお世話になりました。今回は特に福井市と倉敷市の魅力にハマりました。
福井では知人の友人という僕にとってはたぶん赤の他人であろう人物の祖父が発明したソースがウリの「福井名産ソーツかつ丼」をさらっと平らげ、自殺の名所で有名と言われる東尋坊の絶景にイカの串焼きをくわえながらひたすら魅了され、たかすの海ではシュノーケル完全装備でテトラポッドまで泳ぎ、この21世紀の夏を少年のように過ごして満腹でした。



全く音楽を聴かずの13時間鈍行の旅第一話は、帰りの13時間中2時間目で早くもiPodを手に取ってしまい、お気に入りのシガーロスのアルバム「Með suð í eyrum við spilum endalaust」を再生しました。「これだよこれ!」と悦に浸っているのも束の間、ふと顔を上げると電車の窓からは山々の美しい風景が並んじゃってて、みんな一斉に「hello!」とか言ってくるもんだから、仕方なく席を立つしかなかった。もうその後は衝動的に電車を降りると服はしっかりと着たまま山まで一直線。麓までしか歩く体力がなかったけれど、そびえ立つ木々の凛々しさと田んぼの青々しさとシガーロスがシンクロしちゃってもうそれはそれは大変だった。人生のすべてが美しくて泣いちゃいそうな、神だろうが芸術だろうが政治だろうがおばあちゃんだろうが、もうすべての生に感謝感謝。そんな気分にまでなってしまった24歳夏のある昼下がりでした。





倉敷では、人種の違う貴族様達のお膝元である祇園の街をそっくりそのまんまオリジネイターである我らが庶民の手の中に収め続けているような素敵な街並「美観地区」にて、日常的な絶景をみたらし団子加えてのんびり。倉敷での実質滞在時間は短かったものの、蟲文庫(ムシ•ブンコ)という素晴らしき古本屋を発見したり、大原美術館ではロダンの彫刻からポロックのペインティングまで楽しめたり、もうすっかり楽しみました。只一つだけ。5、6年前のある朝にふらりと寄った喫茶店「ペニーレイン」が発見できなかったのが少々心残り。特別何も覚えていないその喫茶店、店名のわりにクラシック一本なBGMで拍子抜けしたけど、その名前からか非常に印象深かったので少々残念でした。



旅行は余暇の支配下で人は休息を求めて出向くのかもしれないけれど、旅は余暇の支配外で新しい発見を探すもの。まだまだ足りない。しかしそれにしても一体いくら使ったであろうこの一ヶ月。全く貯金も底が見えてきてしまってはそろそろ腰を落ち着かせなければ。ということで、もう少しブログもアップしようと思います。気力も体力も復活したので。
今週は13日につくば市豊里ゆかりの森野外ステージにて行われる「Stoned Festival」に友人が出演します。誰か一緒に行きましょう。そして同日夜は吉祥寺STAR PINE'S CAFEにてライジングサウンドの面々が出演します。つくばの後でも頑張って吉祥寺まで足を運ぶ予定なので、これも誰か行く人いたらご一緒しませんか?

※googleアカウントがないとコメント出来ない、との声がありましたので、ご一緒してくれる方がいればメールか電話ください。

それでは goodnight darling.