Wednesday, October 8, 2008

ILL BEATNIK




「路上」に出会ったのは確か中学3年生の時だった。

「世の中つまんねぇ!どいつもこいつもクソばっかりだ」と、いつも通り学校をサボりながら「何か面白い本ないかな〜」、と近所の書店でひとりぷらぷらと純粋無垢に文庫本コーナーを徘徊していた時にたまたま手にしたのがきっかけだったのがJ•ケルアック著の「路上」。パンクとかグランジとかを初めて聴いた時に、ワケもわからずにただひたすらでっかい衝動を糧に、タバコとお酒を買っては不良の真似事を繰り返していたあの頃と同じ要領で、ギンズバーグとかバロウズを読みあさっていたことを覚えている。
うん、確か、「俺はアメリカにいくぜ」と密かに若さ溢れる決意を胸にしたのもその頃だった。

しかし、パンクとの出会い以降は「路上」や「吠える」などの所謂ビートニク関連以外の全ての書物を捨て去り、まるでロンドンのゲトーにでも暮らしているかのようなパンク模倣犯になってからは、「パンクは本も読まないし勉強もしねーんだ」などとほざいては、しばらく文学とは決別していたあの青春時代。捨てはしなかったものの、ケルアックもギンズバーグも全く読まなくなっていた。

しかしやがて月日も経ち自由と無軌道の区別を覚える年頃になると、「パンクは変化であり、姿勢である」という故ジョーストラマーの名言を腰脇にしっかりと携え、異ジャンル音楽への理解を示していくと同時に、文学に戻り不時着したあの頃。消去法という手段ではあったけれど、偶然だったのか必然的であったのかは知れずとも、大学でライティングを専攻すると途端に、怒濤の文学騒ぎが勃発し、やがて英語圏に住み着く20歳そこらの僕は、その頃から久しぶりにビートニクという憧れの世界へ舞い戻ったわけだけれども、そこで在米中に奇跡の詩と出会った、というのが、そしてその出会いから今日までの路上が今日の本題。初めて読んだのは英語訳だったけれど、原文が日本語だったというのも印象深かった。

「へのへのもへの」

無駄口たたくひまあれば
本読みな

本読む暇あれば
歩け 山を海をさばくを

歩くひまあれば
歌え 踊れ

踊るひまあれば
黙って座れ

おめでたい
へのへのもへの
読者諸君

〜ナナオサカキ「犬もあるけば」より〜





今度の帰国にあたり、颯爽と書店に向かい手に入れたのがこのナナオサカキ著の「犬も歩けば」だった。彼の詩集は、それはそれは今年起こった幾度に渡る放浪のきっかけとなり、青春18切符とこの一冊で数時間は過ごせた大作。やっぱり読書は原文が一番だ、という事を思い知る事も出来た超大作。

ゲーリースナイダーはかつて

「ナナオは、日本から現れた最初の真にコスモポリタンな詩人の一人である」

と評した。

アレンギンズバーグはかつて

 たくさんの渓流に洗われた頭
 四つの大陸を歩いてきたきれいな足
 鹿児島の空のように曇りなき目 …
 ナナオの両手は頼りになる 星のように鋭いペンと斧

と唄った。
そしてギンズバーグも愛用していた、最近日本にも上陸し街でもちょくちょく見かける眼鏡ブランド「MOSCOT」を継承しつつ、先日佐田真由美と結婚したばかりのTripster/Sputnik代表 野村訓一氏が、同著の帯を手がけていたのにもびっくりした。
では以下抜粋。

「犬も歩けば自分にあたる。
歩き、見、感じ、自分の声に耳を澄まし、
遥かビートに時代から詩を、
国を越えて唄う詩人の声。
カウンターカルチャーから全てのカルチャーへ。」




なるほどね。

ほら、みんなもっと旅に出ようぜ。

4 comments:

takashi.t said...

頑張って更新してくださいよ!
俺もしっかり更新していくんで〜
さすがだね訓市君、いやここまでいけばクン0だね笑

uosakichigay said...

Yahooニュースでは「一般人と結婚」ってあったから、この人とは思ってなくて、男かわるの早いなーとか思ってた。社会的には「一般人」という"称号"で呼ばれてしまうのは、ちょっと違うかなと思ったりして.....ま、本人は別にフリーターとかでもいいやって感じなのかもしれないけど笑

元彼のEXILEリーダーのHIROよりは断然かっこいい人だと思う。あっ、だから大手メディアは元彼に気遣ってあげたのか。これはこれは恐れ入りました!

言葉選びは難しい行為だと思いました。

kazuya Hisanaga said...

Takashi-Japan,

まぁ俺は訓二っていう噂もなくなっちゃーいないがね!

kazuya Hisanaga said...

gay,

言葉選びは難しいよ。
でも窪塚君は、「ファックだメディアコントロール イン 惰 Kill TV!」って唄ってたよ。俺、卍ライン好きなんだー。