Saturday, October 4, 2008

SUBTERRANEAN HOME SICK BLUES

 先日、諸事情にて急遽訪れた名古屋市内の珈琲屋でくつろいでいると突然、「蒋介石!!!」と一喝しながらホームレス風の男が入って来た。店内を見渡せば空席だらけのその喫茶店で、40代半ばくらいのその禿げかけたポニーテール男は何故か僕の隣の席を選んだ。
 腰を下ろしマルボロメンソールに火をつけると途端にこちらを向き「俺は足軽出身なんだ、名古屋じゃねぇ...まぁ、独り言だけどな」と啖呵を切った。アイスコーヒー片手にタウンワークを眺めては、こちらに色々と語りかけてくる。豊臣秀吉について、銃について、東京の女について、やくざについて、それはもう様々、異種混同のラブパレード。そしてそれら一つ一つの話題が切れる度には必ず「...独り言だけどな」と言い残し、からっからに乾いた口の片端をゆっくりとつり上げる。 
 不思議だった。雨上がりで湿度の高い9月下旬のそんな昼間に大体何故彼はトレンチコート姿なのだろうか。気になって思いつくままに質問してみると、何故だか見事に無視された。まったく上の空、といった表情だ。かと思えば突如振り向き「俺は共産党を応援してるんだ」とか「ここらは最近警察がうようよしてやがる」とか言い出す。そしてお決まりのの「...独り言だけどな」と言い足しニヤリと笑う。
 そこである事に気が付く。彼の両手には共に小指が無い。独り言をつぶやき、小指の無い手を器用に操りながらタウンワークを眺める彼を見ていたら、なんだか切なさのようなものが生まれてきて、ただぼんやりと隣席を眺めていると今度はまた突然、「シンガポールの女は下品だぜ」とか言い出す。「なんで?」と聞き返せば「俺の性に合うからだよ」とか逆説めいた迷答が帰ってくる。その意味を飲み込めず考えていると、彼は腰をあげ「家があんだよ、じゃあな兄ちゃん、災害には気をつけろよ」と勝手に言い残し去って行った。家?HOME?

"Poor Boys Long Way From Home" - John Fahey


 家-ホーム-という響きに引き摺られて、John Faheyを聴いた。ここ数ヶ月、まるで瘋癲のような生活をしていたからか最近になって「家」という語感が何かを執拗に問いかけてくる。

 十数年前にアメリカという幻想に犯されたガキが、やがて身長も電車内で一番くらいになるくらい充分に育つとやがて憧れに向かって飛ぶ時を迎え、それなのにいざ念願の旅立ち直前になれば、そんな時に限って地元を初めて「家のようだ」とサウダージを感じてしまい、されど仲間を背にも旅立つしか道は無く、やがて気付けばあの壮大なウィスコンシンが時間と仲間とともにだんだん「家」のような深みを持ち始め、ニューヨークへ越せば今度は色々な意味での「家」を持ち、そして気付けば米国経済後退とともに昔の我が家へ戻ってきてしまった今日。
 そんな我が家にいると、階下から聞こえてくる懐かしい食卓の音が夕闇とともに現れる鈴虫の鳴き声で情緒豊かにリミックスされ、素敵な家族の風景が見えてきてやっぱりここに確かな愛着を感じる。でも一方で、日本における過剰なまでのニューヨーク崇拝をメディアを通じてひしひしと痛感し、そして「かつての栄光」とも勘違いできてしまうそれを今となっては回想する事しかできない物質的な何をも持たない24歳の自分には、かつて忌み嫌い放っぽっておいた現実とかが邪魔してきて、そんなの一蹴りしてしまえばいいのに何故かしない、出来ない自分は2、3年前の情景を思い出しながら何故だかすぐふらっと放浪に出てしまう昨日今日。
 そしたら今度は、その旅先々で色々なことを見て聞いて感じては感化され、悦や鬱に浸ってはそろそろ真面目に人生を考えたりする。そういう時の心情に見え隠れするキーワードが「郷愁」という意味を含んだ「家」という定義、問いかけだったりする。そして失礼極まりないくらい曖昧な表現をこそっと拝借するならば、それはサウダージではなくノスタルジーという語感が含する郷愁感覚。そんな語感に対する自分の脆さ、脆いからこそ儚く見える情景。そこには何故だかいつもアメリカの情景があって、その時の頭の中を上映してみるとこのJohn Fahey、とくに「Poor Boys Long Way From Homeが流れ出してきて色々と懐かしんでしまうものだから、だったら涙とか出てきちゃう前に「もう家へ帰ろう」と名古屋を後にしたのでありました。

Re: 更新Say

更新Sitarよ

No comments: